昔からあった感情や現象に
輸入語や心理的ラベルを貼りなおして
さも"新しい概念"かのように再包装される
最近のあるあるに、プチもやもや
たとえばですが
ここ最近「フレネミー」という単語を
よく聞くようになりました
簡単に言うと
友達の顔をしたライバル、とか
仲良しの皮を被ったライバル関係、とか
まあそんな具合を表す単語のひとつなのですが、
それって誰しもが一度は経験したことのある状態だと思いますし、そもそも人間の持つ感情のひとつに「これは新しい!」なんてものあるのかしら、とモヤモヤ🧠
「モラハラ」「ガスライティング」
「ADHD」「マイクロアグレッション」
なんかもそうですよね
新しい単語が流行るたびに
まるで人類が新しい感情を発見したかのような、そしてその現象に名前がついた途端。
ひとつの記号になる不自然感。
さらに面白いのは
そういう記号を知ったとき
「それ、わたしに当てはまるかも」
と言い出す人間が続出すること
なんかこれ、ちょっと、気持ち悪い
🤢
言葉が増えていくこと自体は
面白いなと思います
そして、その新しい単語から
「へえ、そんなことあるんだ」と
何か新しい気づきが起こることもまた
面白いと思います
けれど、その度にこう、人間理解は浅くなっていくような気がするんです⤵️
便利な言葉は増えたのに
それを使うことによってあたかも「説明した気になる」だけで、深く観察する力は落ちてるよな、と。
だって私の大好きな一条ゆかり先生の漫画なんか、フレネミーだわ、承認欲求だらけだわ、恋愛マウントに依存、階級意識、なんちゃらハラスメントのオンパレードですよ❣️🤣
けどそれがいまだに名作として語り継がれるというのは、そういう描写に対する切り込みがすごく深くて、読者もまた、そこに触れる丁寧さがあったからだと思うんです
そして現代って、"なにかを理解したい"というよりも、"どこかに所属したい“ "自分を定義されたい" みたいな感情が先に来るんですよね
(多分)
何でもかんでも名前をつければいいってものではないですよね、少し雑になってしまう感じが残念です
なんだかつまんないなぁ
とプチもやもやするここ数日だったので
長々と書いてしまいました✍🏻
(揉めたとかなんだかではなく
ただ頭の中をぐるぐるしているだけ
なんですけどね🫠)